2011年6月30日木曜日

置き去りの記事、中国の伝統行事編

端午節交流会



6月4日に、友人から、「中国からの留学生、中国人の先生達と一緒にちまきを作りませんか」と誘われた。
某大学の孔子学院という教育施設で開催された。

端午の節句(旧暦)の伝統行事にちなんで、毎年行われているそうだ。

中国の端午の節句について、中国人の先生の講義を聴いた。

その後で、
ちまきを作った。



ちまき作りをしているところ。
全然見えないが、棗(なつめ)の実を具に入れている。




縁起物とされる五色の糸を手首に巻いてもらった。
これは、自分ではない。




こちらが自分の手首。
次に雨が降るまで身に付けておくようにと言われた。




太極拳のポーズを見せてもらった。



みんなで立食パーティー。
肝心のちまきの写真を撮り損ねた。










今年は、うさぎ年だ。






今年の誕生日は、国際交流できました。

2011年6月29日水曜日

置き去りの記事, 誕生日編





長編記事の旅行ブログがやっと終わった。
写真の整理や画像処理に手間取って、なかなか大変な作業だったが、あれこれ思い出しながら記事を作成するのは楽しかった。
本当は、もっとスムーズに編集できるのだと思うが、自分の知っているやり方でしかできないので、時間がかかってしまった。

今日から、ありふれた普通の生活ブログに戻ります。
その前に、旅行が終わってから置き去りにしていた日常ブログを書いていきます。


6月4日は誕生日だった。
でも、その前に、5月20日に女子会があった。
その時のメンバー3人の誕生日が、4月。5月、6月(自分)だったので、スナックでまとめてお祝いの会をしたのだった。
4月生まれの彼女は、息子さんが当時婚約中だった。確か今月挙式をしたはずだ。うちの若者も入籍済みだったので、そのお祝いも兼ねて、食事&飲み会を5月生まれの彼女が企画してくれた。

スナックのママさんからお祝いを頂いた。↓↓↓





いくつになっても、ケーキは嬉しい!




筋トレのフィットネスクラブのスタッフさんから頂いた、お祝いのカード。
筋トレの効果って、あるのかどうなのか、よく分からんわwww

2011年6月28日火曜日

マレーシアとスリランカのお土産 (クイズ付き)

やっとここまで辿り着けた。
長かったなあ。
最初の投稿から、40日以上経っている。

スーツケースに入らないお土産や汚れ物の衣類は、ガイドのM氏が宅配便でスリランカから我が家に送ってくれた。有り難いサービスだ。

40日間に、お土産の品は、若者夫妻や友人達に配ったので、手元には以下の写真のものだけ残っている。

写真は、8枚です。

最後にお土産クイズがあります。


① スリランカのレジ袋



コロンボの空港で買い物をした時のレジ袋。
絵柄がスリランカだ。

② BOHの飾り



マレーシアのBOH TEAで買ったキーホルダーとペンダント。

③ いちご園のキーホルダー




④ スリランカの紅茶



BOH TEAの赤い袋とマレーシアの紅茶は、以前に投稿済みなので、ここには載せてない。
(赤い袋だけ再登場)

⑤ ペーパーナイフ



シーギリヤ・ロックの近くで、組み木工房の店に入った。
小物から大きな家具までたくさんの木製品が並べられていた。

⑥ スリランカの組み木



同じ店で買った組み木の鳥。
ペーパーナイフ数本と、この組み木を買って個別包装してもらったのだが、レジの女性二人と他の男性店員数人が何やらずっとおしゃべりをして、もの凄く時間がかかったのだ。

この店だけでなく、スリランカは、店の規模にかかわらず、店員の数が多いと感じた。
そして、よく私語をする。
だから、レジでの精算に時間がかかるのだった。

せかせかしない国民性なのかもしれない。


⑦ ローケツ染めの象



スリランカは象の国だ。

⑧ Tシャツ他



買ったTシャツの半分以上は、若者夫妻に贈呈した。
既に着用中のものもあるので、我が家にある未使用のシャツは、この6枚だけだ。
中央部のモスグリーンのTシャツ(タグ付き)だけがマレーシア産で、あとはスリランカ産である。

さて、ここで、お土産クイズです。

この6枚のシャツの中で、私が怪しい商人から買ったものはどれでしょうか?
正解は、1枚だけです。

あとの5枚は、ちゃんとした店で適正価格で買いました。
怪しい商人から買ったものは、日本円で1,000円でした。
そう、1,000円札をその商人に払ったのです。

ちなみに、このシャツは、粗悪品ではなくて、ちゃんとした店にこれと同じものがありました。
たぶん価格は、半額ぐらいです。

答えが分かった方は、コメント、メール、ネットのチャットやメッセージでお知らせください。
よろしくね。





 

2011年6月27日月曜日

マレーシアとスリランカの旅 エピローグ

2011年のゴールデンウィークは、特別だった。
この年に何が起きたのかを、日本人はこれからもずっと忘れないだろう。
忘れてはいけないと思う。
戦争を知らない我々世代にとって、初めて現実に味わっている日本の危機感を、忘れることはできない。
3月11日(金)の東日本大震災。
そして、その後の原発問題は収束に向かうどころか、日本国は迷走し続けている。

こんな時に海外旅行なんて、不謹慎ではないかと、そう思った人もいるかもしれない。
旅行の計画は、震災前に決まっていたと言い訳しても、よくもまあ、…と呆れられたかもしれない。

でも、ゴールデンウィーク直前のあるテレビ番組で、こんな発言を聞いた。

日本のみなさん、どんどんお出かけしてください。
国内旅行をしましょう。
それが、日本経済にとって、復興支援になります。

海外旅行すれば、日本はまだ元気だと海外の人に印象づけられます。

こんな内容だった。

それを聞いた時、気が楽になった。

マレーシアでも、スリランカでも、私達が日本人だと知ると、皆さんが言葉を掛けてくれた。
「大丈夫ですか?」「大変でしたね 」「東北の方ですか?」

皆さんが日本のことをとても心配してくれていた。

岡山という地名を知っている人はいなかった。
広島の隣だと説明したら、何となくわかってくれたようである。

こんなことがあった。
クアラルンプール空港で、コロンボ行きの飛行機に搭乗する直前に並んでいたら、一人の男性が私達に声を掛けてきた。
流暢な日本語で。

彼は、福島の企業で働いているスリランカ人だった。
今回の原発問題の危機に直面し、彼の家族は既にスリランカに帰国させたと言った。
そして、彼もこれから自国に戻るのだと話した。

飛行機がコロンボの空港に到着して、手荷物を受け取るために待っている時、再びそのスリランカ人が声を掛けてきた。

福島にいるスリランカ人は自分一人なので、福島で聞いてくれたらすぐ分かりますよ、と彼は言った。

それにしても、私達夫婦が岡山弁丸出しで喋っていたのを聞きつけて、声を掛けてくれたのだと思うが、何か失礼な言葉を言ってなかっただろうか、と不安になった。悩んでも、仕方ないけど……

この男性もそうだが、ガイドのM氏といい、象に乗った花婿、ペラデニア植物園でオジサンと喋った新婚さん、
みなさんの日本語が素晴らしいのだ。
本当に感心してしまう。


ところで、この旅行記を書くために、数冊のガイドブックを参考にさせてもらった。
その過程で、あるガイドブックの誤記を発見した。

正しくは「王女」なのに、「王子」と記されていたのだ。
その後、そのガイドブックのページををパラパラとめくっていたら。、1枚の白い紙がひらりと落ちてきた。
「訂正のおしらせ」だった。

ほらほら、やっぱり挟んであるわ、
と思った。

ところが、そこに記されているのは、スリランカのホテルやレストランの電話番号、FAX番号の正誤表だった。
王子 → 王女 という表記はどこにもなかった。

そりゃ、そうだよね、
大昔の何処かの王子が性転換しようが、それが間違っていようが、そんなことよりも、自分の泊まるホテルの電話番号が違っている方が重大問題だから、正しく直さないとね。

それにしても、訂正箇所が9件もあるのは、多すぎると思うのだけど……


長かった旅行記も、いよいよ次回が最後です。
おみやげクイズがあります。
賞品は出ないけど、お楽しみに……www

2011年6月26日日曜日

オジギソウの芽が出た



かわいい芽が出てきた!




オジギソウの葉っぱだ。

ビン・ラディンとユッケ (マレーシアとスリランカ旅行)

ビン・ラディンとユッケ
共通点はなんでしょう?


実は、今回の旅行期間中に知り得た、世界と日本で起きた出来事のニュースがこの二つである。
たったこれだけ……

ビン・ラディンの死亡と、日本の焼き肉屋で起きた食中毒事件。

世界情勢や日本の政治経済の動向について、もっといっぱい情報が得られるかと思ったが、意外だった。
日本のプロ野球の試合結果だけは、オジサンのiPhoneから分かった。

ガイドのM氏は、行く先々で出会った知り合いのスリランカ人と、いつもビンラディンのことを話題にしていた。
彼らの話すスリランカ語は、非常に早口で、まるで宇宙人の会話のようだったが、「ビンラディン」という語句だけ聞き取れた。

スリランカでは、1998年に仏歯寺で爆弾テロ事件があり、2009年5月まで内戦が続いて、政情の不安定な国だった。
内戦が終わってから、まだ2年しか経ってない。

今でも、一部の地域では危険な所もあるそうだが、私たちが出会ったスリランカの人々は、みんな穏やかで、とても友好的に接してくれた。

それでも、彼らは、外国で起きた紛争に対しては、関心が高く、敏感に反応するようだ。

2011年6月25日土曜日

マレーシアとスリランカ 、こぼれ話

写真はありません。
この記事に限り、今後新たに追記があるかもしれません。
今回の旅行について、また、何か思い出したら、更新します。

その1 美的世界髪型屋 (マレーシア)

クアラルンプール近郊を走行中に、こう書いてある看板が見えた。
マレーシアでは、マレー語、中国語、英語の表記があちこちに表示されている。
漢字が並んだお店の看板も多い。
これは、美容院かな?


その2 鳥のさえずり

クアラルンプールに到着したその日の夕刻、KLCC公園へ行って、驚いたのは、鳥のさえずりがすぐ近くで聞こえたことだ。
緑の木々に囲まれた大きな公園だったけど、鳥の声が見事にはっきり聞こえるのだった。
ここは、テーマパークなの?と錯覚しそうなくらいに。
どこかのテーマパークで、せせらぎの音とか鳥のさえずりが効果音として流れていたような気がするが、
小さなスピーカーが茂みに隠されているのかなあと、辺りを見回してしまった。

テーマパークの効果音は、ここの公園だけではなかった。

ホテルの庭、植物園、遺跡の周辺など、自然に囲まれた所は、マレーシアでもスリランカでも、鳥のさえずりが
よく聞こえてきた。


その3 ガイドのM氏

数年前に日本の企業で働いていたM氏は、日本語がペラペラ、日本が大好きだと何度も口にしていた。
彼との出会いは、コロンボ国際空港の送迎ロビーだった。

旅行客を出迎える数十人のスリランカ人が、プラカードを掲げて立っていた。みんな旅行業者関係の人だろう。
そこには、お客の名前が書かれている。
ほとんどが、手書きのアルファベット文字だった。
その中から、自分たちの名字を探さねばならなかった。

M氏の掲げたプラカードは、とても目立っていた。
漢字で大きく書かれていたからだ。

アルファベットのプラカードを1枚ずつ端から読んでいって捜していた私達には、漢字のカードは、一目で識別できた。

M氏は、車の中で、観光案内もしてくれた。(観光タクシーなので)
その中で、こんなことがあった。

コロンボ市街地を走行中に、「あの建物は、ケイムショです」と言った。
へええーーー、こんな街中に堂々と刑務所があるなんて、スリランカは凄いな、と感心していた。
その後すぐ、彼は、「ゼイムショです」と言った。
税務署のことだった。

心の中で、くっくっと笑った。


その4 スリランカの湖

M氏は、スリランカの湖はすべて人造湖だと言った。 
私達から、日本の琵琶湖が自然にできた湖だと聞いて、彼は驚いていた。
キャンディ湖が人造湖だと知って、私は驚いた。


その5 コロンボ国際空港

正式名は、バンダラナイケ国際空港だって。
知らなかった。

あ、関係ないけど、刑事コロンボのピーター・フォークがこの世を去った。
私にとって、彼は、昭和のスターだ。

コロンボ空港には、家電製品の店があった。
冷蔵庫や洗濯機などが店頭に並んでいた。
これには、びっくり!
空港のタクシー乗り場付近で、家電製品の入った大きなダンボール箱を運んでいる人を見た。

クアラルンプールへ向かう帰りの便を待っている時、空港ロビーのBGMは、何故か日本の歌謡曲だった。
橋幸夫の、「雨の中の二人」(雨が~小粒の真珠なら~)
和田弘とマヒナスターズの、「愛しちゃったのよ~」
の2曲が流れていた。
歌なしの伴奏のみの曲だった。

なんでまた~??

同世代の人は、口ずさめるよね。


  

J SPORTS STADIUM 2011



スカパーの野球番組のテーマソング、
今年は、パフィーの曲だ。

2011年6月24日金曜日

パソコンの珍変換、更新しました

ブロ友さんたちの協力と、私自身の経験から、
新たに、3個の珍変換を追加します。

そうさくだんす → 捜索ダンス ~~ 創作ダンス

わからんわ → 和~ン和 ~~ 分からんわ

いきていこう → 行き抵抗 ~~ 生きて行こう


ラベル 「大家の回診(パソコンの珍変換)」をご覧下さい。

スリランカ の記念品など

ちょっとした旅の思い出、
写真は、6枚。

① 結婚式の引き出物菓子



小箱の中には、超甘いケーキが入っていた。
劇甘!!
やっぱり、辛いのや酸っぱいのや苦いのは、不向きなんだ。


② ダンブッラ石窟寺院の入場券



ゴールデンテンプルの建物で買うことになっている。
(6月21日の記事で7枚目の写真)

この裏側が、
次の写真である。
↓↓↓

③ 入場券の裏側



スタンプを押してもらった。


④ 仏歯寺の入場記念品は



表紙を開くと、


⑤ CD入りだった



⑥ CDの説明



仏歯寺で行われる年間の儀式や式典が記されている。

CDは、まだ聴いてない。たぶん聴かないと思う。
聴いても理解できるかどうか、怪しい。
寺院内で音声ガイドのサービスがあった。

2011年6月23日木曜日

P家の人々

今回の旅行は、スリランカ人の結婚式に招待されなかったら、実現できなかったはずだ。
そして、それだけではない。
マレーシア人のP氏の力添えがあったから、より楽しく、より安全に、全行程を終えることができた。
P氏とその夫人、一人娘のSちゃんからは、心からのおもてなしを受けた。

写真は5枚だけど、
記事は長文です。  


① P家のリビング



P氏一家と1泊2日のマレーシア旅行をするために、大きなスーツケースはP氏の家に置かせてもらった。


② P家の仏壇



敬虔な仏教徒であるP家の居間には、立派なお仏壇が飾られていた。

③ これも、仏壇



日本の家庭で一般的に見られる仏壇とは、趣が違っていた。


④ Sちゃんのお気に入り



ずっと小さい時からいつも彼女のお供をしているので、もうくたくたになっていた。

⑤ グラサン姿のクマ



このクマの名前を教えてもらったが、難しくて、覚えられん。


ところで、この旅行記の初めの方で書いたが、帰国して我が家に戻ったのは、予定よりはるかに遅れてからであった。
クアラルンプールから関空への飛行機便が7時間近く遅れたのである。

航空便の出発時刻変更はよくあることだ。
それも、何の前ぶれも、何故遅れるのかの説明もなく、突然告知される…

私達が帰りのクアラルンプール空港で、最初に知った情報は、4時間遅れの出発ということだった。
その時点で、4時間の遅れというのが、気の遠くなるような時間に思えた。

オジサンは、P氏に電話をかけて、事情を話した。
すると、P氏は、それなら、一緒に食事でもしましょうと言って、私達を誘ってくれたのだ。

かくして、P氏家族と予定外の再会を果たし、P家の近くの店で中華料理を食べた。

食事の後は、再びP家にお邪魔させてもらった。

オジサンは、P氏にスリランカの写真を見せていた。
P夫人は、「こっちに来て」と私を呼んだ。
ソファに並んで腰掛けると、「一緒にテレビを観ましょう」と彼女は言った。
あ、この時点で既に真夜中だったので、4年生のSちゃんは、就寝していた。

私は、マレーシアのテレビ番組はどんなのかな?って期待した。
因みに、P家の大型テレビは、東芝製だった。

P夫人がテレビをつけると、
そこには、「おひさま」の画面が映し出された。
そう、日本で今放映中の、NHKの朝ドラだ。

www

「おひさま」は、旅行前から見てない。もう1週間以上見てないのだ。
帰宅してから録画を観るつもりでいた。

普通なら、断るのだけど…
連続ドラマを途中で飛ばして見たりしないから。

でも、この場合は、例外だった。
一瞬、これは困ると思ったが、P夫人の心遣いだと察した。

「おひさま」が推理ドラマでなくてよかった。
マレーシアの人にも人気のあるドラマだとわかり、嬉しかった。

観ている途中で、「gongituneさんの住んでいる町は、こんな所?」と聞かれた。
太平洋戦争の頃の日本の町が映っている。
時代が違うと説明した。
さらに、和服を着ている主人公の父親を見て、「男の人はこんな服を着ているのか?」と質問された。
日本や日本人に対するイメージがちょっとずれていることが分かって、面白いと思った。

朝ドラの後は、バラエティーのような番組を見た。
これが、深夜の番組なのだと分かり、やはり面白いと思った。

若い女性が二人登場し、一人は中国人、もう一人はモンゴル人で、どっちの女性の方が軟体人間であるかを競っていた。

二人共くねくねと体をよじりまくり、何秒間その体勢を維持できるかを、会場の観客たちが見守っていた。
映像は撮ってないが、日本でもこの種の番組は放映されることがあるので、どんな感じかは想像してもらえると思う。

こうして、どんどん夜が更けていき、いよいよお別れする時が来た。
と言っても、P氏は、私達を再びクアラルンプール空港まで車で送ってくれたのだ。

空港に着いたら、更に3時間遅れの出発だと知らされ、愕然としたが、P氏はずっとつき合ってくれた。
この時点で、日曜日の早朝だった。
月曜日から仕事なのに…

そんなこんなで、無事帰国できた。
関空も、新大阪も、そして、岡山も、何だ、この暑さは!!
暑い国から戻ってきたら、
日本も負けないくらい暑かった。

2011年6月22日水曜日

オブジェいろいろ、マレーシアとスリランカ

だらだらとしつこく続いている旅行記も、そろそろ終わりに近づいてきた。

1枚目だけがマレーシアの写真で、あとは、スリランカで見たものでる。

15枚です。

① 巨大イチゴ(マレーシア)



キャメロンハイランドの店の前に飾られていた。


② 黄金色のストゥーバ(仏塔)



ダンブッラの石窟寺院の前に建っていた。
この近くにあったのが、次の写真。
↓↓↓


③ ダンブッラのゴミ箱



お洒落なデザインだ。


④ ポロンナルワのホテル寝室に飾られていた象



ヤモリがいたホテル。


⑤ 黒い消火器



同じく、ヤモリが出没したホテルに設置してあった。
スリランカは、黒色だ。


⑥ キャンディのポスト



アップにしたのが、次の写真
↓↓↓


⑦ キャンディのポスト



ポストは、日本のと同じ赤色だ。
懐かしい。


⑧ キャンディ近郊の道路で



こんな仏像が突然現れた。



⑨ キャンディのホテル部屋の飾り



アップにすると、
↓↓↓


⑩ 木彫りの飾り




⑪ 仏歯寺のソックス



通路の壁際に置いてあった。
落とし物かな?


⑫ カンダラマホテルのフクロウ




巨大コブラが柱に巻き付いていた、有名な建築家が設計したホテル。

その、吹き抜け階段に、このフクロウが羽ばたいている。

アップの写真が、

次 ↓↓↓

⑬ フクロウのアップ




⑭ コロンボ空港のポスト



ゴミ箱ではない。
国際空港のポストは、赤色ではなかった。


⑮ 氷の彫刻



結婚式会場のバイキング料理のコーナーで。

スリランカは、象の国だ。