今年は閏年。
2月29日の今日は、うるう日だ。
ガンサバイバーオバサンの、ハレの日ケの日、ときどき白文鳥だより*** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** ** 大徳寺塔頭 龍光院の土塀(2010.5月) / 平安神宮 泰平閣(2014.4月) 京都で撮影
このタイトルの見出しは、ネットのスポーツニュースで見つけた。
昨季王者とは、もちろん阪神タイガースのことだ。
その王者を破ってオープン戦初勝利に沸いたのは、
中日ドラゴンズであった。
そりゃ、盛り上がるだろう。
阪神はまだオープン戦で一度も勝ってない。
全敗である。
ところで、テレビ中継で気になったのは、
こちらの画面だ。
花を飾っているようにも見えるが、
不思議な光景である。
番組の最初で何か説明があったのかもしれない。
ここは、沖縄の北谷球場である。
これは、去年夏の新聞の経済欄で読んだ記事である。
随分前のネタになってしまったが、どうかお許しください。
このブログではこのような思い出しネタが今後もあると思います。
さて、その記事の見出しは、
全国ポスト1カ月 「投函ゼロか 1通」 6793カ所
今年3月末時点 (つまり令和5年3月)
総務省有識者会議 適正配置・収集検討へ
最初の見出しが衝撃的だった。
1ヶ月間で1通の投函もなかったか、1通だけ投函のあった郵便ポストが全国ポストの 3、9パーセント、そして1カ月の投函量が30通以下のポストが 25、1パーセントだそうだ。
3、9パーセントは非常に少ないと感じるが、
投函量が一日平均1通のポストが全国ポストの4分の1もあることに驚いた。
都会と田舎や過疎地ではかなり違うと思うけど。
郵便ポストはピーク時の 2007年3月末時点では全国で約19万ヶ所にあったが、その後減少傾向が続き、令和5年3月末時点では約17万ヶ所になったそうだ。
今後も郵便ポストは減っていくのかなあ。
ポストのある風景が消えていくのは寂しい。
皆さん、もっとお手紙を書いてポストに投函しよう!
この新聞の話をオジサンにしたら、
こんな画像を見せてくれた。
お雛様めぐりをしながら
いろいろ見つけたもの。
ちょっとだけ紹介します。
足守プラザ周辺で、
トイレの隣に設置されていたガチャ。
100円硬貨の投入口が何故か左右 2カ所ある。
硬貨がなかなか奥まで入らず、途中で止まってしまい、引っ張り出そうと四苦八苦した。
隣でその様子を見ていた知らないシニア世代のおばさま二人がいろいろアドバイスしてくれた。
やっと硬貨を引き抜いて再度挑戦。
こちらが、岡山ガチャの戦利品。
小さいピンバッジ。
この草花は、
とても分かりづらいが、
ホトケノザ。
春の七草のひとつだ。
お寺の敷地に生えていたので、いかにも、という感じで面白い。
マンホールの蓋は、地元ではよく見かける桃太郎の図柄なのでそんなに珍しくないが、
可愛いので撮影した。
それから、これは、全く個人的な理由に思える発見だったが、
足守の町並みを歩いている時、
あるお宅の番地が888番地だったので、わあ!と叫んだ。
そして、その時、まさにその家の前を走り通過した乗用車が、
77-77 のプレートナンバーだった。
こんな偶然があるんだ!
いや、でも本当は偶然ではなくて、
そのドライバーが仕組んだ走行だったのかも。
77-77 の番号は希望申請したに違いない。
だから、888番地の前を走行することに意味があったのだ。
真相は分からないけどね。
我が家の日めくりカレンダー。
ご近所のサークル仲間の Oさんから手作り小物を頂いた。
着物の帯で作ったテーブルセンター、
パッチワークのコースターを 4枚。
備前の国では旧暦の雛祭りが伝統行事となっている。
gongitune の子供時代は七夕も雛祭りも旧暦で行われていた。
とは言っても、世の中全般では新暦の元でお祭りをしているから、昔ほど拘りはないようである。
ネット情報では、新暦の頃に雛人形を出して、旧暦の雛祭りまで飾っても長く楽しめるから慌てておひな様を片付けることはないと記されていた。
gongitune家の雛飾りはまさにそのやり方である。
雛人形や御殿や飾り物を設置するのにとても時間がかかるので、なるべく長く飾っておきたい。こうすれば、2ヶ月の間はおひな様と過ごせる。
でも、子どもの頃はそんなに長く飾ってなかったと思う。
実際は殆どの作業は父親が行っていた。自分はいつも見ているだけだったと思う。
雛人形、持ち物、道具などの配置については、迷うことが多い。
どっちだったかな? どう並べるのだったかなあと毎年考えている。
記録用の写真を撮り、ネットでも調べているのだけどね。
父親はそんなことで迷ってなかった。
当時は雛段のスタンドもなかったから、父親の蔵書を階段状に並べて作っていた。
今よりはるかに不便だったはずなのに、器用に組み立てていたことが思い出される。
それにしても、70年近く前に購入した雛人形セットは経年劣化が激しくなっている。
毎年どこかを修繕している。
再生できない剥がれ落ちた部品もある。
今年も何とか無事に?おひな様が飾れてよかった。
(1週間前の2月6日)
世界的指揮者と言われる小澤征爾さんの訃報を知る。
かつてニューイヤーコンサートで指揮をされたのを思い出し、2002年だと分かった。
その会場の客席には彼の一族がいた。
彼の音楽的な名声や功績について語るには gongitune はあまりにも無知なのでここでは差し控えます。
ひとつだけ覚えている印象的な出来事がある。
いつの時代で場所は何処だったのか正確に覚えてない。
1990年代だったかも。
外国の何処かの山中でおばあさんを助けた話が新聞に出ていたのである。
うーーん、ヨーロッパか中国かアメリカか何処だっただろう?
おばあさんは道に迷っていたのか、怪我をしていたのかそれも記憶が曖昧だ。
でも、小澤征爾さんは優しい人なんだとその時思った。
オジサンにこの話をすると、
いつか「徹子の部屋」に小澤征爾が出演した時その話をしていたと言った。
追悼番組でまた放映されないかなと期待しているが。
こちらは、マレーシア製のナマコ石鹸。
最初に見つけて購入したのは、6年前のマレーシア旅行の時だった。
昨日の記事が長くなったので、
もう少し追加で振り返ります。
しつこくてすみません。
その1 個人タイトル
優勝できなかったシーズンで楽しみにしていたのは、選手の個人タイトルの行方だった。
最優秀何とか、最高何とか、最多何とか等々の個人タイトルである。
しかし、昨シーズンは違った。
リーグ優勝を決めたのだから、個人タイトルはどうでも良かった。
他球団の選手達で争ってくれという感覚だった。
実際、数字で結果が出せる項目については、秀でた選手はいなかった。
しかし、ゴールデングラブ賞に 5名、ベストナインに3名の阪神選手が選ばれた。
これは、客観的な数値ではなくて、個人的な印象や貢献度などによる基準で選ばれたようなものだから、中には眉をひそめる選出であると指摘した者もいた。
それはそうかもしれないが、
gongitune は思う。
阪神が日本一になったから、このような選出になったのだ。
岡田監督も日本一はおまけのようなものだと発言された。
やはり、一番の目的はリーグ優勝なのである。
そして、今回は、38年振りの大きなおまけを獲得した。
本当に大きなおまけだったなあ。
その2 選手会長
2023年の阪神の選手会長は近本光司外野手だった。
そして、2024年の今年は、中野拓夢選手である。
ちょっと意外という感じだったが、
よくよく考えてみると、成る程と頷ける。
中野選手は、WBCで世界一、日本シリーズで日本一の称号を得た輝かしいタイトル保持者なのである。
今季の活躍も期待しています。
その3 意外性を発揮したのは
なんと言っても、8番打者の木浪聖也選手だ。
彼には本当に失礼なのだが、ここまで活躍してくれるとは予想していなかった。
ゴールデングラブ賞もベストナインも獲得した。
そして、gongitune が嬉しかったのは、昨シーズンで唯一球場観戦した7月11日のマスカットスタジアムでの DeNA戦で彼が大活躍してお立ち台に上がったことである。
あの試合は昨シーズンの優勝への分岐点となった勝ち試合のひとつであると今でも個人的に思っている。
昨シーズンは、18年振りのリーグ優勝、そして38年振りの日本一に輝いた阪神タイガース!
このブログでもその喜びと興奮を何度も書き綴ってきたけど、実は未だ書き残していることがある。
何だか勿体ぶっているようであるが、そんなに大したことではなくて、あくまでも gongitune 流の私見にすぎない。
2024年になり、冬のスポーツ、パリ五輪、センバツなどの大会に向けて各スポーツ界は話題が目白押しだ。大リーグへの関心度も高まってきている。
日本のプロ野球界も開幕に向けて春季キャンプが始まっている。
そうこうしているうちに、昨年の優勝の振り返りをする機会を逃しそうになってしまう。
本日は、阪神優勝を振り返る小ネタ集です。
その1 長かった38年
阪神が日本一になってから数日後の某週刊誌に掲載されていた次の一節がgongitune の腑に落ちた。
「ぬか喜びと絶望とを交互に繰り返しながらも辛抱強く耐えて待ち続けた阪神ファン……」
ファンの心理状態をここまで的確に言い表していることに敬意を表したい。
ただ、繰り返しと言っても、ぬか喜びはほんの一瞬であったし、絶望の期間の方がはるかに長かった。
暗黒時代を耐え続けたのは選手だけでなく、ファンであった。
選手達は他球団へ移籍したり引退したりで阪神球団から去っていったけど、実質38年間耐え忍んだのはファンであったと思う。
文句あるか?と叫びたい(笑)
その2 38年前の日本一
38年前の秋は、gongitune の仕事がめちゃくちゃ忙しい時期であった。
その合間を縫って、というのが奇妙な言い方だけど、結婚し、日本シリーズの間は披露宴→新婚旅行で沖縄の海にいたから試合経過と結果を知らなかった。
85年の日本シリーズは殆ど観てない。
沖縄の離島はテレビ中継もなく、新聞も一日遅れの配達だったのでシリーズの試合経過も結果も阪神の日本一の瞬間も gongitune は観てないし知らされなかった。
38年前の日本一はリアルタイムで味わえなかった。
それに比べたら、2023年のリーグ優勝→CS→日本シリーズは完璧にテレビ中継で観戦と応援ができたので gongiuneにとってこれ以上の恵まれた観戦環境はなかった。
ところで、昨年末の某テレビ特集番組で85年の日本一の胴上げシーンを初めて観た。
吉田義男監督は胴上げの最中に裏返っていた!
小柄な監督なのでそうなったのかな。
その3 最優秀選手
日本シリーズのMVPは、阪神の近本光司外野手が選ばれた。
納得の受賞だと思う。
ところで、gongitune はふと思った。
近本選手のMVP を密かに喜んだのは、
巨人の高梨雄平選手ではないだろうか。
デッドボールを受けて近本選手が一時離脱したからである。
この件については gongituneも記事に取り上げたが、復帰後の近本選手が活躍する度に
高梨選手は内心ホッとしているかもと思った。