2018年6月21日木曜日

マレーシア旅行 ⑦ 世界遺産マラッカ

マラッカ王国は、16世紀初頭にポルトガルに制服され、17世紀中頃にオランダの攻撃を受けた。18世紀終わりにはイギリスの植民地となった。その後20世紀には日本軍にも攻撃されるが、1957年にイギリスから完全に独立した。
マレーシアの古都とされるマラッカには西欧の史跡があちこちに残されている。
西洋文化の影響を受けながらマラッカは独自の文化を形成し、2008年に世界文化遺産に登録された。


その1 オランダ広場周辺 



このような赤茶色のオランダ建築様式の建物が広場に集まっている。




マラッカキリスト教会  (6/2)




左側3人は段差の上に立っています。
教会の中は、↓↓↓






讃美歌の練習をされていた。


その2 セント・フランシス・ザビエル教会 (6/3)

フランシスコ・ザビエルはスペイン生まれ、カトリック教会の宣教師として、
1549年、日本に初めてキリスト教を伝えたことで有名である。
彼を讃えるためにフランス人神父によって1856年に建てられたネオ・ゴシック様式の教会がこちら。



日曜日だったので大勢の信者 & 観光客が礼拝に訪れていた。



そして、教会の敷地内に立つこちらの二人の像に驚いた。


gongitune は今回マラッカに来て初めて知った。
右がザビエル、左は「やじろう」という日本人だ。
「やじろう Yajiro Angero」と名前が刻まれている。
ザビエルさんはマラッカでやじろうさんに会い、勤勉で礼儀正しい彼の人柄が気に入って日本で布教活動をしたいと思った。そして、やじろうさんの案内で日本に来たそうだ。
gongitune は、やじろうという日本人を知らなかったし、
二人がマラッカから鹿児島へやって来た事実も今回初めて知った。
詳しい経緯はネットでご確認ください。


その3 スタダイス (6/2)

オランダ語で「議事堂・市庁舎」の意味を持つ旧マラッカ総督府で、現在はマラッカの歴史を伝える博物館になっている。



右端の日本兵の像は、日本の占領時代を表している。(1942-1945)





マレーシアの伝統的なゲーム「チョンカ」の遊び方を S ちゃんが M 妃に教えている。
かつてマレーシア語の F 先生も説明されたがよく分からない。




何故か SUZUKI の楽器が展示されていた。



4 件のコメント:

akibaba さんのコメント...

マラッカの歴史と建物興味深いですね。周囲でマラッカへ旅行した人はgongituneさんが初めてです。
ありがとうございました。
ザビエルの件も勉強になりました。全然知らなかったです。

Toshi さんのコメント...

いいですね、東洋と西洋の文化と歴史が相混る
マラッカ。
マラッカ海峡を望む丘から見る夕日はとても
大きくてきれいですよね。
一度行ってみたい地です。

gongitune さんのコメント...

akibabaさん、いつもコメントをありがとうございます。

興味深く記事を読んでくださって嬉しいです。
マラッカの歴史に日本が関わっていることを改めて実感
しました。悲しい過去ですけど。
ザビエルとキリスト教伝来の話は子どもの頃から教科書
で知っていたけどやじろうさんなんて一度も聞いたこと
がありませんでした。今の学校ではどうなのか知りませ
んが、ぜひ教えてもらいたい史実だと思いました。
勤勉で礼儀正しい日本人という評価を誇りにしましょう。

gongitune さんのコメント...

Toshiさん、いつもコメントをありがとうございます。

外国へ行ってから日本の歴史を再認識することが
ありますね。
キリスト教徒ではありませんが、ザビエルとやじろうの
交流の話がとても興味深いです。
マラッカ海峡の夕陽を臨む絶景スポットを今回は
訪れてないのですよ。
いつかToshiさんにその機会が訪れますように。