朝のニュースで訃報を聞いた時、にわかには信じられなかった。
70歳での旅立ちは早過ぎる。
選手時代も監督時代も何かと話題になる人物だった。
星野監督に殴られたり蹴られたり怒鳴られたりした選手や審判も少なからずいたことだろう。
個人的には勿論2003年阪神タイガースのリーグ優勝に導いた監督としての印象が最も強く残っている。
それ以前の話になるが、90年代の終わり頃だったかな。正確には覚えてないが、ある年の夏、gongitune は名古屋駅のみどりの窓口で並んでいた。隣にとてもデカい男性の気配を感じたのでその人物を見ると、星野仙一さんだった。ゴルフバッグを抱えていたので選手でも監督でもない時代だった。
もう一つの個人的な思い出。
2001年か2002年だったと思うが、星野氏は地元岡山でマンションを購入された。彼の出身地は倉敷だが、その時は岡山市に居住されたようだ。阪神タイガースの監督就任が既に決まっていた。
その新築マンションで星野監督に会えるというイベントがあり、gongitune はマンションに出かけた。
マンションの最上階が彼の部屋だった。
バルコニーに手を振って現れた星野さん、阪神優勝のために監督を引き受けたと言われた。
監督就任1年目はその願いは叶わなかったが、翌2003年にリーグ優勝を果たし、約束を守ってくれたと実感した。
心からご冥福をお祈りいたします。
4 件のコメント:
本当に早すぎる死でしたね。
gongituneさんは、星野さんには思い入れが
かなりおありになりますね。
確か、岡山東高校卒業ですよね。
私は、やはり中日時代に巨人に立ち向かい
マウンドの上で仁王立ちになっている姿が
今でも目に浮かびます。
阪神の優勝も思い出されますが、東日本大震災
で被災した東北にペナントを持ち帰った時は、
嬉しく感じたのを昨日のように思い出されます。
70歳という現代では早い死、本当に
冥福を祈りたいと思います。
Toshiさん、こんばんは。
いつもコメントをありがとうございます。
星野さんと生前関わりのあった方々は皆さん口をそろえて
信じられないと仰っていました。
身内のご不幸の際にも周りを気遣って公にされなかったそう
ですから、ご本人は最後まで星野仙一としての生き様を通さ
れたのだと思います。
現役選手の頃も監督時代も闘志を剥き出しにして試合に臨んで
いましたね。
阪神優勝の時は勿論嬉しかったけど、楽天が日本一になった
時は東北が一体となって歓喜に沸いたと思います。
あ、星野仙一氏は倉敷商業高校出身です。
同世代の平松政次氏(元大洋ホエールズ)が岡山東商業高校出身なんです。
gongituneさん、間違えてましたね。
平松投手が岡山東でしたね~。
星野、平松両投手とも巨人キラー
で懐かしいです~。
Toshiさん、こんばんは。
再コメントをありがとうございます。
いえいえ、岡山東という高校名をよくぞ覚えていて
くださいました。
平松投手の投げた岡山東商は65年の春のセンバツで
優勝したのですよ。
その試合を父親は家族旅行の運転中にラジオで聞いていました。
父は突然、「サヨナラじゃあ!1!」と叫んで興奮していました。
私は当時野球については何も分からず全然興味がなかったので
父親が何故興奮していたのかさっぱり理解できませんでした。
春休みのあの日、地元高校の優勝の瞬間の喜びを父と共感できなかった
ことが今となっては悔やまれます。
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