2016年12月12日月曜日

京都のお寺巡り その③ 清凉寺

二日目は、嵐山へと向かった。



嵐電嵐山駅はクリスマスの飾りでお客を出迎えていた。
他の季節はどんなんだろう。
ハロウィンの頃とか、見てみたい。

実は、この駅のトイレでちょっとした事件が。
それについては、後日の記事でお知らせします。

嵐山駅から大覚寺へ向かう途中で清凉寺というお寺に立ち寄った。
清凉寺のことは名前も何も知らなかった。聞いたこともなかった。
大覚寺到着までちょっと小休止しましょうという感じだった。







毎年12月6、7、8日は三千佛名礼拝会という行事が営まれている。
gongitune達が訪れた12月7日は、通常ではお目にかかれない国宝の本尊釈迦如来像が御開帳になる日だった。

この釈迦如来像は37歳の生前のお釈迦様を模したと言われている。
そのお姿は、とても足の長い若々しい風貌であった。
仏名会の始まる前にほんの少しの間だけど間近で見ることができた。



撮影不可だったので、画像は拝観の栞よりお借りしました。
プロポーションのよいお釈迦様。

仏名会の始まる前に、本堂のこの釈迦如来像を祀っている所の裏側で二人の僧侶が雑談しているのが聞こえた。

一人が昔ニッケの木を掘ってニッケを食べたとかいう話をしていた。
もう一人が、「今で言うシナモンですな」 と応えていた。
ニッケのことはよく分からないが、面白い話だと思った。

ところで、仏名会で聞こえてきた経文が実にユニークだった。
初めのうちは普通の経文に聞こえたが、
途中から長調に転調した。
明るい西洋的なメロディーの経文になった。
ちょっと違和感ありだった。
そして、その後再びマイナーの普通の経文に戻った。
こんなの初めてだ。


そして、もう一つ面白かったのは、信者の皆さんが経文を唱えている間、立ったり座ったりしていたことだ。
広島カープのスクワット応援を思い出した。

紅葉のベストシーズンは逃してしまったが、貴重な行事の日に秘仏の国宝のご本尊である釈迦如来像に出逢えたのは幸運だった。

京都から帰宅後、家にある瀬戸内寂聴さんの著書「寂聴と巡る京都」の「清凉寺」のページを読むと、「三段階の音階で南無阿弥陀仏をとなえ」 と書いてあり、そうなんだと納得した。
そう言えば、今年3月に嵯峨野の寂聴さんのご自宅前に連れて行ってもらったことを思い出した。
寂聴さんのご自宅から清凉寺まではとても近いので散歩の度に釈迦堂清凉寺を訪れ、境内で日向ぼっこをしたり本堂の縁に腰をおろしたりして遊ぶようになったと記されている。
寂聴さんにとっては、とても身近なお寺だということが分かった。


続きは、その④ 大覚寺です。





2 件のコメント:

Toshi さんのコメント...

京都に行かれてもいろいろなことに気づかれた
ようですね~。
私はお経を聞くとすぐに眠くなってしまい、
法要の時もいつも後から「眠ってたでしょ?」と
言われす。あの独特のリズムと抑揚は本当に
眠気を誘いますね。
嵯峨野、良いところですね。
ニッケ、ニッキのコトでしょうか?

gongitune さんのコメント...

Toshiさん、こんばんは。
いつもコメントをありがとうございます。

お寺の歴史的背景だとか仏像の本質的な価値などに触れることなく自己本位の記事になってしまいました。
いつもそうなんですけどね。

清凉寺では運良く?偶然にお経を聞く機会がもて、面白い体験となりました。
我が家とは違う宗派なので新鮮でした。
立ったり座ったりの繰り返しがあるのでたぶん信者さんは眠くならないと思います。
足の痺れも軽減されそうです。
僧侶さんの雑談が面白かったです。
ニッケ、ニッキ、肉桂、シナモンなどいろいろあって、調べてみましたが違いがよく分かりませんでした。

嵯峨野は歩いて巡るのが似合う所だと思います。