男性80.79歳
女性87.05歳
だった。
家を片付けていると、この雑誌が出てきた。
昭和の歴史が綴られていて、創刊号だけ価格が安いシリーズだ。
昭和39年、1964年は東京オリンピックの年だ。
ページをパラパラとめくり、
へえーー、ほおーー等と呟いた。
そして、最後のページに、
このデータが。
ある項目に言葉を失った。
平均寿命の項目だ。
特に、男性が。
67.67歳!
そんなに短かったのか。
今時の67歳は元気だよ。
因みにセ・リーグの優勝は、阪神タイガースだった。
gongituneは全然覚えてない。
野球について何も知らなかった。


4 件のコメント:
本当に健康志向と医療の進歩などにより、平均寿命が
どんどん伸びておりますね。
これからまだまだ伸びることになりそうですね。
寿命が伸びるのは良いですが、医療費の増大や
高齢者社会と昔では考えられない問題も起こり
つつあります。これらを解消しないと住みにくい
世の中になる可能性もありますね。
1964年、タイガースが優勝でしたか?
私も覚えておりません。その当時ですと、
村山実や吉田義男、バッキーなどが活躍
していた時代かもしれませんね。
Toshiさん、こんばんは。
いつも丁寧にコメントをありがとうございます。
確かに50年以上前の出来事ですが、
平均寿命がこんなに伸びたんだと驚きました。
年を取っても元気でいられるのはよいことです。
最近は健康寿命の大切さが叫ばれています。
高齢化社会は大きな問題となっていますね。
今の時代は若者も高齢者も生きていくのが大変です。
1964年の阪神優勝は全く記憶にありません。
プロ野球も高校野球も全然関心がありませんでした。
ネットで知りましたが、最も可哀想なリーグ優勝と日本シリーズでした。
日本シリーズの最終7戦目はオリンピック開会式と同じ日だったので観客も少なく、盛り上がりませんでした。
選手には気の毒でした。
村山実さん、吉田義男さんが活躍されていました。
こんにちは。
まさに1964年は私が生まれた年であり、
東京オリンピック開催の年と重なって、大変光栄に思っています。
そして、この雑誌を掲載してくださったgongituneさんにも
感謝です。
うちの娘も1996年のアトランタオリンピック開催年に誕生しました。
そんなことは考えずに出産に至ったとはいえ、何か運命的なものを感じます。
確か我が家もこの雑誌を購入した記憶があるのですが、
どこを探しても見つからないので、もう少し念入りに
探してみます。
その頃の物価などを見るのは楽しいですよね。
男性の平均寿命が約15年近く伸びたんですね。
うちの父はとっくに平均寿命を越えているので
長生きの域に達していますが、母は今喜寿なので後10年も
生きられるのかな?と心配になります。
gongituneさんはいつ頃から阪神ファンになられたのですか?
りんちゃん、こんばんは。
コメントに気付くのが遅くなってしまい、ご免なさいね。
1964年はりんちゃんにとって歴史的な年だったのですね。
偶然とは言え、この雑誌を見つけてブログに載せられたことが嬉しいです。
りんちゃんに感謝されて、こちらこそありがとう!
この雑誌のシリーズ創刊号を実際に購入したのは2007年10月のようです。
裏表紙は、西郷輝彦、橋幸夫、舟木一夫の御三家三人の写真ですよ。
私はりんちゃんよりほんの少し早く生まれたので、64年の東京オリンピックのことはよく覚えています。
お嬢様もオリンピックイヤーに誕生されたのですね。
ウチの愚息の場合は、オリンピック開催年の時の年齢が私自身がオリンピックを経験した時の年齢と同じなんですよ。
分かりにくいですが、息子の現在の年齢と私が同じ年齢の時にもオリンピックが開催されたということです。
自分の親には平均寿命よりうんと長生きしてもらいたいですよね。
私の場合、2020年の東京大会を両親と見られないのはやはり寂しいです。
野球に興味を持ち始めたのは中学生になってからです。
漫画「巨人の星」がきっかけだったと思います。
阪神タイガースのファンというよりも、阪神百貨店が子どもの頃(小学校低学年)から好きでした。
親戚が大阪に住んでいたので阪神百貨店に何度も連れて行ってもらいました。
大阪へ向かう高速道路から甲子園球場を初めて見た時、蔦に覆われた外壁があまりにも衝撃的でした。
そういうこともあり、阪神百貨店と甲子園球場は私にとっては特別な存在だったのです。
プロ野球チームとして阪神を応援したのは85年に優勝した時からです。
優勝フィーバーと結婚騒動?が同時期だったので自分の中で盛り上がりました。
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